12月4日 週報

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    「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



    「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。 そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、…」(マタイ28:19)


    イエス様は十字架につけられる直前に弟子たちに新しい戒めとして「互いに愛し合うように」と命じられました。互いに愛し合い、一致して平和な関係を保つことは一つの素晴らしい目的と言ってもいいでしょう。ドイツの詩人ゲーテは次のように語りました。「王であっても農夫であっても、自分の家庭の中に平安を見出すことが出来る人が一番幸いな人である。」また、平安のある一致は強力な力となるのです。大きな組織でも平安がなく、争い合っているなら、その力を発揮できません。イエス様は十字架で死に、復活された後に弟子たちに大命令を語られました。「あらゆる国の人々を弟子とせよ。」との命令です。
    聖書に教えられている神は全人類の創造主であり、唯一の神であられます。さらに、神は全人類を愛され、唯一の救い主イエスをお与えくださったのです。ユダヤ人たちは自分たちのみを神の民として民族的なメシヤを待望しています。しかし、イエスは初めからご自身は全人類の唯一のメシヤ(キリスト)として理解されていたのです。「私が道(the way )であり、真理(the truth)であり、いのち(the life)なのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)。イエスの弟子たちがユダヤ人の指導者に語るときにも「この方以外には、だれによっても救いはありません。…」(使徒4:12)と語りました。
    イエス様の十字架による贖いは全人類のために十分な代価であります。しかし、このすばらしい救いに与かるためには、聞いて受け入れなければならないいのです。ですからイエス様は、先に救われた信者たちに、福音を他の人々に語るようにと命じられました。受け入れるかどうかは各個人の自由な意思によるのです。しかし、先に救われたキリスト者は、人々に選ぶ機会を提供しなければならないのです。50年前、ホワイト先生たちが西舞子で伝道されなかったら、私たちは福音を聞く機会がなかったかもしれません。今、救われた私たちが福音を語ることを恥とするのではなく、イエスの命令に従って福音を語り伝える者となりましょう。一年の中でクリスマスは最大の好機であります。「しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。」(ローマ⒑:14)

    11月27日 週報

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      「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



      「「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13:34)


      正統キリスト教の中心はナザレのイエス様を「誰だと告白する」ところにあります。JWの信者はエホバ神よりも劣る神の子と告白し、イスラム教徒はムハンマドよりも劣る預言者と告白し、統一協会では、イエスは十字架上で殺され敗北したと告白し、さらに自由主義キリスト教(リベラリズム クリスチャニティー)の人々は、人間イエスを強調し、イエスの神性を否定しているのです。ですから、キリスト教との看板を掲げ聖書を教えているといっても、すべてが同じで正統とは言えません。このようなことは、今日の現象ではなく、聖書時代からも同じ問題が生じていました。 キリストの真の弟子は、イエスを神と同等同質のお方としてのキリスト(メシヤ)と信じて始まるのです(ローマ10:9「もし、あなたの口でイエスを主と告白し、…」)。
      さらに、日々の生活においても、神であられる主イエス・キリストの御教えを重んじ生きようとするのです。イエスは弟子たちに「新しい(カイノス)戒め」を与えられました。イエスの弟子たちは主のみ教えを何よりも重んじるのです。それが真の弟子たちの生き方です。その「戒め」は「新しい(カイノス)」と言われました。ギリシャ語において、二つの「新しい」という単語(ネオスとカイノス)があり、「ネオス」は時間的、「カイノス」は質的新しさを意味します。「互いに愛し合う」ことは初めての教えではありません。すでに旧約聖書にも出てきます(レビ19:18)。ここでの新しさは、「新鮮」な気持ちでこの教えを受け止めることに強調があると言えましょう。イエスは天に戻られた後、弟子たちに課せられた使命の重さと困難な中で大切になるのは弟子たちの一致であります。個性を認めながらイエスの弟子としての使命を実現していくのには、互いに他者を尊重し、忍耐して協力し合い、赦し合って一致を保たなければなりません。どんな大国であても国が分裂するなら、力は半減してしまうでしょう。これからも教会が成長し、ビジョンを実現していくためには、一人一人がキリストの弟子として成長し、一致をさらに強くしていかなければなりません。

      11月20日 週報

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        「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



        「あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。」(ヨハネ15:8)


        50年前の開拓宣教師の先生方の愛の労苦と涙の祈りによって蒔かれた種は、豊かな実を結んでおります。
        ファンダメンタル・バプテスト教会は聖書的な信仰を堅持し、歩もうとする教会であり、教会の健全さと成長は常に聖書の教えにどれほど忠実であるかによって判断されなければなりません。
        私たちの教会は、50年間の歴史を保つことが出来、さらなる「継承と飛躍」を願いながら祝会を終えることが出来ました。 成長、成熟のためにまだ多くの祈りの課題がありますが、正しい方向を向いて進もうとしている確信を持ちましょう。
        ヒューマニズムによる物質主義や快楽主義によって信仰に対する無関心、不信仰が増加していますが、その実は何でしょうか?正義や公正、愛による分かち合い、赦しと寛容さは失われ、数や力による争いと解決、自由の名の下での放縦が広がっています。家庭のしあわせのための基本的倫理の基盤が失われ、家庭の機能が弱体化しているのではないでしょうか。このような日本社会を憂うる人々の中には、再び神道国家や儒教道徳への回帰が願われているのです。
        日本全体から見れば数においても影響力においてもわずかですが、ファンダメンタルバプテスト教会の先生方、兄姉たちは、神のみことば(福音)の種をまいて来ました。これからの50年は、豊かに実を結び、刈り取る時としなければなりません。私たちの教会も模範的教会の一つとして神に栄光を帰すために、21C夢計画のビジョンを達成(新しい牧師、新しい活動、宣教、幼児教育、高齢の支援、新会堂建設)させましょう。
        「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。
        種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。」(詩篇126:5−6)

        2016年11月13日 週報

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          「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



          「創立50周年牧師の感謝」    2016年11月3日


          本日は、多くの先生方を初め主にある諸教会の兄弟姉妹の皆様が、私ども西舞子バプテスト教会創立50周年記念祝会にご来会下さいましたこと、教会を代表いたしまして心より感謝申し上げます。
          ホワイト先生ご夫妻は米国西ヴァージニア、ホワイッツヴィル にある第一バプテスト教会からバプテスト国際宣教団に所属する宣教師として1965年1月に来日され、翌年1966年11月から個人的に導かれました丸山園子先生も加わって開拓がはじまりました。先生方の愛の労苦と涙の祈りによってまかれた福音の種は多くの実を結び西舞子バプテスト教会として成長し、50周年を迎えることとなりました。
          私の個人的証となりますが、この会場があります明舞団地ができる前に小さな規模の西舞子団地が隣接してできており、その団地にあります幼稚園のホールをお借りして集会が始まりました。そこから歩いて一分のところに住んでおり、無料の英会話を教えているとのチラシを見て教会に20歳の時に行ったのが私の人生の大転機の始まりとなったのです。「わが生涯は改まりぬ、イエスを信ぜしより」の賛美のごとくです。今思いますのに西ヴァージニアから西舞子は地球の反対側であり、先生方との出会いはまさに神様のはかり知ることのできない御業であります。1967年1月、開拓から2か月半後に救われその後献身し結婚し牧会の働きを始めたのが23歳の時でした。信仰者として社会人として、右も左もわからない者がどのようにして皆様に説教し牧会をすればいいのでしょうか、多くの不安で一杯でした。そのような時ホワイト先生はローマ8:28節を引用「神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っております。」と励ましてくださいました。今日までこのみ言葉によって自分を励まし多くの方にもこのみ言葉をお伝えしてきました。気が付くと50年を迎えたのです。牧会者としても46年を迎えさせていただき、次の世代への継承を祈るときとなりました。牧会者として何が大切かを考えます時祈りであり神様のみ言葉にいかに精通するかではないかと思います。神学校でしっかりと学ばせていただきましたことが牧会者としての力となりました。実生活に適応できるように分かりやすく語り、誤りから真理を守る知恵をいただけるのです。宣教師の先生方や先輩の先生方からの御鞭撻、さらに諸教会の皆様方との幸いなお交わりはげましに感謝するばかりです。教会は信徒の集まりでございます。主なる神様は教会の祈りと忠実な奉仕を祝福くださり50周年を迎えさせてくださいました。今私の思いの中に二つのみ言葉が思い出されます。一つは詩篇103:2「わが魂よ。主をはめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」このみ言葉にありますように感謝を大きな踏み台としてさらに、イザヤ40:31「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、わしのように翼をかって上ることが出来る。走ってもたゆまず、歩いてもつかれない。」とのみ言葉をこれからの教会のヴィジョン実現の支えとして行きたく願っております。

          10月23日週報

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            「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



            …あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。
            …確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。(汽灰螢鵐硲供В院檻押



            いよいよ、10日後に教会創立50周年の祝会を迎えることとなりました。50年間ものあいだ教会が存続し、発展してきていることは、ただただ主の恵みにほかありません。日本の国は神道国家主義として天皇を神として崇拝してきた国であり、同時に先祖供養を中心とする家の宗教は仏教が深く長くかかわっている社会でした。
            しかし、歴史を支配されている神の主観的摂理の中で、第二次大戦の敗北と共にキリスト教主義的民主主義の社会へと大きく変えられ「信教の自由」が認められることとなったのです。マッカーサー元帥は5年間で2500人の宣教師を日本に来させたのです。しかし、大切な原則としては国家宗教制度ではなく、宗教と国家との分離でした。神道国家主義を排除する目的のためであったのですが、信教の自由という基本的人権故に、キリスト教を国教とはしなかったのです。
            このことは、今日も日本におけるキリスト者が1%以下である一つの要因であり、天皇を神とする心情が日本においては今日も流れ続いているからでありましょう。
            確かにニーチェなどの哲学の影響で一部の知識層に「無神論」が広がったものの、日本では「無宗教無神論者」は少数でありましょう。
            今年の7月7日、ロシアのプーチン大統領が「伝道規制法」に署名した結果、「イスラム教過激派テロ対策」がきっかけですが宣教活動がとても厳しく難しくなりました。信者の礼拝だけが許可されていますが、一切の宣教は禁じられました。1929年の旧ソ連下での宗教弾圧に似ているともいわれています。
            幸いなことに、日本ではこの50年間、自由に宣教が許されてきました。教会はそのような中で宣教を続けて発展してきているのです。
            確かに日本人の心にしみついている日本人固有の宗教観、無神論的物質主義などが信仰への妨げとなっているようですが、今も、恵みによって宣教の扉は開かれているのです。
            この恵みを無駄にしないように一人でも多くの同胞に福音を述べ伝えていきましょう。

            10月9日週報

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              「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



              私たちの父なる神、主よ。
              あなたはとこしえからとこしえまでほむべきお方です。
              主よ。偉大さと力と栄と栄光と尊厳とはあなたのものです。
              あなたは私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御霊の働きによって御前で聖く、傷のない者にしようとされました。私たちは、この御子イエス・キリストのうちにあって、御子の血による贖いと復活によって救いに与りました。心から感謝しみ名を賛美いたします。
              あなたは1966年11月、米国西ヴァージニア州、ホワイヅヴィルにある第一バプテスト教会より遣わされたホワイトご夫妻を用いて、この教会を開拓くださいました。
              先生方の愛の労苦と涙の祈りによってまかれた福音の種は多くの実を結び西舞子バプテスト教会として成長し、50周年を迎えることとなりました。今ここに、計り知ることのできない、主の御業を賛美申し上げます。
              私たちは宣教師の先生方から学んだ、根本主義バプテスト信仰が聖書の権威に基づく信仰と確信し、これからもこの教理と立場を堅持し福音の宣教に励むことを願うとともにここに告白します。
              50周年を迎え、次の世代に継承発展する時が来ました。すべての分野において新たな奉仕者を起こしてください。今まで以上に内外の宣教に新しい働き人を送り出せる教会となれますように。幼い子供たちから高齢者に至るまで同じ敷地の中で、礼拝し交わり活動できる会堂を、近い明日に献堂できますように。私たちの悲願は数多くのクリスチャンホームの誕生であり、同胞の救いです。1パーセントの壁を破り多くの同胞がキリストの教会に集うものとなりますように。このために500人を超えるキリスト者が集う教会となれますように。異教と無神論ヒューマニズムに満ちる社会は秩序を失い、道徳は腐敗し、いのちが軽んじられ、望みを失い滅びに向かっています。今こそ、聖書のみ言葉に堅く立つ教会を世の光として輝かせてください。主が、空中携挙によって教会を天に引き上げられるその時まで、私たちの教会が聖書に忠実な教会として歩むように見守って下さい。すべての栄光は父なる神と御子とご聖霊にとこしえにありますように。アーメン。
              西舞子バプテスト教会員一同
              牧師  表 博 之

              10月2日週報

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                「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31

                「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」 (競灰螢鵐硲機В隠掘

                西村幸造宣教師は9月25日の朝5時、69歳の生涯を全うされ、天国へ凱旋されました。大陸での宣教8年で、20人程の中国人の方々が集われ、一人の青年女子の方が伝道者として訓練され働いておられます。いよいよこれから教会として大きく成長を期待し歩もうとされている時に、召されました。夫人の富美枝姉妹にとっても、教会にとっても大きな悲しみであります。母教会の馬場先生を初め教会員にとっても天来の主からの慰め、励ましを必要とする時でありましょう。「神のなさることはすべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」伝道者の書3:11とあるように、神様のご計画のすべてを知ることはできませんが、神の愛と正義を常に覚えて、これからの御心を祈り求めましょう。
                先生は、キリストとの出会いによって、新しい人生を歩むようになられました。救われるまでの20年間、スナックバー「ドラム」の経営者として、好き勝手に人生を楽しんでおられたと告白されています。日曜日は友人とゴルフ、パチンコ、夜は居酒屋で反省会をして過ごし、夫人とも8年間同棲生活をし、自分なりに人生をエンジョイされていました。しかし、1991年に夫人が救われ、一年後、西村先生も、自分が犯罪を犯したことがなかったので、罪人ではないと考えられたのですが、聖書の罪とは真の神を神としない、感謝しないことが罪であるとのことを理解され、イエス・キリストの十字架と復活が自分のためであると信じられ、その時から人生観が一変されました。そればかりか自分の人生をすべて神様にお捧げして、福音の宣教のために中国に行かれる決心をされました。スナックを閉め、神学生として聖書を学び2年間香港で研修し、2008年から大陸宣教師としてご夫妻で励んでこられました。50代で中国語を学んで、生活環境も一変しての生活は大変な戦いでしたが、しかし、信教の自由がない中で神の奇蹟が起こり、人々が救われ、教会が誕生することとなったのです。
                「私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。」(競謄皀4:6−7)

                9月25日週報

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                  「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31

                  「大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。」 (ローマ12:5)

                  東洋医学で「五臓六腑」と言われているように、人には様々な形をした違った働きをする臓器があり、互いにそれぞれの臓器が関わりを持ちながら、一つの体の健康を保とうとしているのです。このような器官のかかわりと働きを有機的ないとなみと言われています。
                  教会(エクレーシア)は「キリストの体」です。教会の健全な成長は「キリストの体」の成長に直結するといってよいでしょう。沢山の異なった役割のある器官があり、その一つが弱くなっても、他の器官が役割を補ことが出来るのです。胃袋を手術で全摘出したとしても、食道の一部が胃の代理として役割を補ってくれます。しかしながら、胃が健全であるのとないのとでは体全体の調子は違ってくるでしょう。胆のうは肝臓とつながっている器官ですが役割は大きく違います。肝臓で作り出した胆汁をためておく保管場所としての働きです。体全体の健康のためには不要は器官はなく、一つ一つの器官が自分の働きをすることによって健康な体を造り上げていくのです。
                  教会(エクレーシア)が、体に例えられているように、一人一人はそれぞれ違った賜物を受け、違った役割あるものとして、教会につらなっていると言えましょう。一つの器官が弱っても他の器官が代わりの働きをして、全体を保とうとしますが、本来の力を発揮できなくなります。一つ一つの器官が自分に与えられている役割を果たすことが全体の健康のために、とても大切なことと言えましょう。クラリネットコンサートは、開演までのわずかな時間に、たくさんの準備を必要としました。テーブルのセッティング、看板を正面舞台に掲げること、ランチの準備、受付、音響、ビデオやカメラ撮影、会場への案内、そして送迎、司会、奏楽等々…。集会が終わると、30分以内に、会場を元に戻し、持ち込みの品々を運び出す。人を自宅や駅に送る等々。沢山の働きが必要でした。今回、これらのすべてが教会員の一致した奉仕によって無事、祝福の中で終わることが出来ましたことは、11月3日のための希望と勇気をいただく励みとなりました。祝会はさらにたくさんの奉仕があります。一致して成功させ、神に栄光を帰しましょう。

                  9月18日週報

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                    「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31

                    「私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。」(詩篇3:5)

                    6万5千人以上の方々が100歳を迎えられ、敬老の日を迎えました。毎年100歳以上の人々が増加しているとのことで、日本は長寿の国であります。一人一人が健康に関心を持ち、努力してきたことの結果であり、医療をはじめとする福祉制度の充実なども大きな貢献要素と言われています。
                    NG誌の記者が世界中の健康長寿の地域を調査し、特異な4つの地域を見つけ出し、その地域を「ブルーゾーン」と呼んでいます。その4つの地域とは、イタリヤ半島の西にあるサルディーニヤ島、日本の沖縄、カリフォルニア州のロマリンダ、そしてコスタリカのニコジャ島であります。そこでの調査の結果は共通しており、長寿は遺伝的要因よりも、圧倒的にライフスタイル(日常の習慣)に左右されている、とのことでした。世界一長寿者の多いところは、イタリヤのサルディーニヤ島と言われ、暖かい地中海気候の中で人々は家族を中心にしながら隣人が村々の人々が互いに支え合って生きていることが特徴として報告されています。毎週、家族が集まり、オリーブオイルを使った豆料理、羊のミルクで作ったペコリーノ・チーズ、全粒粉のパンなどの食事を楽しんでいるとのことです。どこの家庭でも長寿者は豊かな人生経験があるとして大切にされています。健康について専門的に研究されている多くの医者が本を書かれていますが、それらの意見をまとめますと、病気の原因は「免疫系」と「血管系」に分けられるとのことです。「免疫力」を高く保つことと、血液の質を良くし、血流を良くすることが体を健康に保つ鍵であると発表されています。そして、そのために軽い運動、バランスのある食事、過食しないこと、さらに睡眠不足に気を付けることなどが大切です。さらに加えて大切なことはストレスをためないことです。ストレスは自律神経のバランスを崩し、そのことによって血圧、血流にも悪影響をもたらし、その結果は免疫機能の低下にも連動しているのです。良い血液を作る腸内細菌は腸の働き、すなわち、自律神経に強く影響されるのです。ですから、心の支えを持つ人、穏やかな心の状態は体の健康のために最大のポイントと言えましょう。なぜなら体の健康はその人の体によって保持されているからです。

                    9月11日 週報

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                      「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31

                      「陽気な心は健康を良くし、陰気な心は骨を枯らす。」(箴言17:22)

                       聖書には古くから心と体の健康についての教えがございます。病気は気を病むと言われ、精神的なことと体との関連も強くあると体験的には人々の知るところでしたが、科学的な理由は十分ではありませんでした。しかし、今日の医学の進歩によって科学的に実証されてきているのです。

                       バランスの欠けた食生活、過労、睡眠不足、運動不足などが、免疫力を低下させることはすでに知られているところですが、近年、ストレスがさらに自律神経(交感神経と副交感神経)のバランスを崩し、免疫力が著しく低下すると、さまざまな実証が発表されています。ストレスは生きている限り誰もが経験しなければなりません。その本質的原因は人間の堕落とも関係しています。ストレスは同じ状況の中でも人によってかなりの違いがあります。多分にその人の気質と関係することでしょう。繊細な気質の方はストレスを強く感じやすいかもしれません。ストレスを受けない人は誰もいません。ですから、大切なことはいかにストレスを緩和させるかにあります。そのための鍵は思考習慣にあります。いつも否定的に思考する習慣を持ったり、批判的思考習慣はストレスを強く受けることとなるのです。危機管理の大切な点は「最悪の状態を想定して準備すること」と言われますが、それは不要な心配を軽減するためなのですが、しばしば最悪の状態を想定している人は、つねに不安になり、思い煩うのです。

                       明日の準備はとても大切であります。それによってストレスを軽減することにつながるのですが、ある人々は、いくら準備しても安心できません。準備で疲れ、ストレスが増大することとなります。ストレスの軽減の鍵は思考習慣にあるのです。人には正しく選択し、歩む責任があります。しかし、真剣に生きようとすればするほど様々なストレスを受けるのも事実ではないでしょうか。ですから、主権者であられる全能の神を信頼し、お委ねして生きることをしっかりと学ばなければなりません。結局はストレスは自分自身の思考如何によってコントロールできるのです。

                       「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」(詩篇37:5)

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