2020年3月29日 週報

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    「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」 (ピリピ3:14)



    将来と希望を与える主のご計画

    「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。」(詩篇62:8)

    東京オリンピックが延期となり、さらに東京都知事は「今、私たちは目に見えない敵とも言えるウイルスに立ち向かう上で、大変重要な時期を迎えています。」とメッセージを発信されました。休校やイベントの自粛が3月初めから行われてきましたが、感染の広がりは止まず、欧米、海外では、さらなる拡大となり、50万人以上の感染者、2万人以上の方々が死亡されています。そのために国内外で外出、入国が制限されたり、一時的に禁止されています。今や世界は通常の社会生活ができない状態で、世界中の人々にとって初めての経験をしていると言ってもいいでしょう。恐れと悲しみ、そして、どうなるかわからないとのことで不安は益々大きくなっています。
    今、この世界に住んでいるクリスチャンたち(約30億人)も、全く同じ状況下に置かれているのです。「クリスチャンたち」とは誰でしょう。主イエス・キリストの救いを感謝しつつ、主イエス・キリストに仕え、主の御名を呼び、主に立てた誓いを守る人です。こうした生き方は、神が下さる自由を受け取り、神とあゆみ、神との関係を深めるという生き方を意識的に選んだことを表します。
    クリスチャンは神がこの世界を創造され、支配されていることを知っています。人間の罪の故にこの世界には数々の問題が生じてきたことも知っています。しかし、神は、あわれみ深く、恵み豊かなお方で、将来に対して平安と希望を計画しておられることも知らされているのです。神は真実なお方であられ、その教え、約束はすべて事実であることが今日まで確認されてきているのです。
    すべての人々にとって経済的な必要以上に、いのちを守らなければならないとの認識があります。このような人類の試練の中で、クリスチャンはいよいよ益々、「神こそ、わが岩、わが救い、わがやぐら私はゆるがされることはない。」と告白し、主に信頼し、主との関係を強め、主を賛美し、主に期待する者となりましょう。暗闇の中でこそ、小さな光の価値は大きくなるのです。私たちの小さな光を今、輝かさなければなりません。

    2020年3月22日 週報

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      「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」 (ピリピ3:14)



      真の神を信頼する

      「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。…あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」 (ヨハネ14:27)

      人類史上初めてのことではないでしょうか…。かつて、ペストがヨーロッパ中に広がったり、エイズ、サーズ、マーズが国境を越えて広がりましたが、ほとんどは限定的でした。今回のウイルスは世界150か国以上に広がり、20万人以上の人々が感染し、8千人以上の人々が死亡(2020年3月20日現在)しています。多くの国で人、物の往来が停止して、経済的な大混乱も生じています。20Cの後半から世界はグローバル化(一つの国のような地球)し、人、物の流通が頻繁に行われるようになり、感染病も短期間に世界に拡大されるようになりました。フランス、アメリカでは戦時体制と同じような対策が行われています。
      誰もが予測していないことが、しかも、ウイルスの正体がわからず、対策も確立していないので、死の恐れがあるために、すべての生活の営みが停止され、そのことで不安は一層大きくなっています。
      聖書のメッセージは人類にとって福音(良い知らせ)のメッセージです。
      病気や死の恐れの原因を明らかにするだけでなく、救い主、キリストの到来によって、人類にすべてわざわいからの解放、死の恐れからの解決についても確かな希望を約束してくださっていました。
      21Cの世界は、創造主の存在や御心をどのように受け止めているでしょうか。多くの人々は個人の欲望追求を第一として、どん欲な生き方を良しとしているのではないでしょうか。神々を信じるとしても欲望追求の手段ではないでしょうか。人々は真の神、そして正義・公正を求めるよりも富を求め、力ある者の不正、不義は裁かれることなく見過ごされているのではないでしょうか。
      2000年前に完成して宣べ伝えられてきた聖書には、神なき世は、益々貪欲のゆえに争いの世界となり、その結果、ききんや疫病が発生する世界となると預言されています。十字架上で死なれ3日後に復活され、天に昇られたキリストは再びこの世界に来られ、神の国を樹立されるというのが福音の完全なる成就であります。コロナウイルスの終息とともに人々が真の神を求める時となりますよう祈りましょう。

      2020年3月15日 週報

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        「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」 (ピリピ3:14)



        互いに慰め合いなさい

        「こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。」 (汽謄汽蹈縫隠粥В隠検

        3月12日(木)WHOの事務局長テドロス・アダノム氏が新型コロナウイルスの「パンデミック(世界的流行)」を宣言しました。12万人程の人々が感染し、4000人以上の方が死亡しました。感染の拡大を恐れて、内外で隔離による対策が行われていますが、今のところ思うほどの効果がみられず、人、物の流通がとどこおり、多くの問題が派生して、そのことで、一層不安が広がるという悪循環が生じようとしています。
        全国一斉の小中高の休校や高校野球の中止は戦争時以外では初めてのことです。ここに来てついに恐れていた「東京オリンピック開催」についても話題となってきました。不安、恐れからの対策として様々な緊急対策が打ち出されていますが、人の命が守られるということがいかに大切かということになります。インフルエンザが毎年のように、日本では1万人程の命を奪っていますが、今回のような不安や対策は行われません。それは多くの点で解明されており、対策が確立されているからです。
        聖書には恐れや不安からの解決や緩和の勧めが数多く書かれています。
        人の恐れの究極的理由は、死に対する恐れであります。いずれすべての人に死は訪れるのですが、感染症のような病気ですぐに死ぬことは受容できず、恐れは強くなるのです。
        キリストは復活によって死に勝利されたお方です。キリストによって究極的恐れの死に対する対策が約束されています。危険や命を脅かす脅威に対して身を守る対策をとることはとても大切なことです。恐れという感情は正しい行動をする一つの動機付けとなります。しかし、それ以上に不安や恐れが大きくなりパニックを起こすと問題解決ではなく、問題の拡大となるのです。
        私たちは何を問題解決の真理の情報とするかです。パウロは「このことばをもって」と勧めました。一番、正しく確かな問題解決の情報を持ち、そこに留まり、「互いに慰め合いなさい。」と強く勧めているのです。「慰め」とは自分のこと以上に弱っている、困っている、不安になっている人々の側に寄り添って神の言葉に信頼して、希望を持ちましょう、安心しましょうと語り励ますことなのです。隔離の必要がありましょう。しかし、人が孤立すると不安は大きくなります。ですから、様々な手段を用いて互いに励まし合うことが必要なのです。

        2020年3月8日 週報

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          「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」 (ピリピ3:14)



          「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。」 (詩篇62:8)

          中国武漢でコロナウイルスが発生し、広がりはじめた頃、日本では「正しい知識を持って、恐れよう。」と報じられていましたが、感染者数(268人、12人死亡、3/3)が増加することで不安感が増大し、学校、イベント、集会等々において、休校、中止、延期、縮小などが要請され、実施されています。
          正しい知識の一つの参考としましてウイルス研究の世界的第一人者の意見を紹介いたします。沖縄生まれの根路銘国昭(ねろめくにあき)博士は、1997年の香港での鳥インフルエンザの広がりを阻止し、2003年サーズの拡大をベトナムでいち早く終息するのに貢献された方です。
          新型のコロナウイルスは、インフルエンザウイルスのように、空気感染はせず、飛沫感染がほとんどで、空気中で1〜2m飛ぶと死滅してしまうとのことです。
          つまり、新型コロナウイルスは空気に触れると細胞の外側についているトゲが取れて、他の細胞に侵入できなくなるので、増殖せず、死滅するのです。また、石鹸などの油に弱く、手洗いを励行すると死滅します。既にこれらのこと(マスク着用と手洗い)は、実行されているので、広がりを防止するためには有効となっています。
          根路銘博士の強調は、ウイルスは、新鮮な空気に弱いので、部屋の喚起を十分にすることが大切で、逆に喚起の不十分な閉ざされた環境では、ウイルスを増殖させるといわれ、クルーズ船での隔離はウイルス菌を増殖させてしまったと語られています。
          気温が上がればウイルスは死滅するので、もうしばらくの頑張りが大切とのことです。
          新型ウイルスは、多くの点で未知であることや、オリンピックの行事のことなどで、早期の終息が願われているために、かえってパニックが起こっているのかもしれません。根路銘博士によるとインフルエンザが横綱とするなら、新型コロナウイルスは関脇程でしょうとの弁です。指導者の正しい知識による落ち着いたリーダーシップと、人々の平静な行動のためにお祈りください。

          2020年2月23日 週報

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            「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」 (ピリピ3:14)



            「…あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。」 (ピリピ4:12)

            今年は第32回東京オリンピックを迎える年で、数年前から国家的事業として備え、多くの人々が楽しみにしているのですが新型コロナウイルスの広がりによって不安が生じています。
            多くの人々にとってオリンピックの祭典が重要な人生の価値基準であるからです。メダリストとなることは、世界中の人々から英雄として称えられ、その人の人生は、そのことによって、夢の実現となり、多くの願望が実現することでしょう。
            スポーツを志す人々にとってオリンピックに参加ができることや、メダリストになることは、正に最高の満足を手にする瞬間であり、その夢がかなわないことによって人生そのものの幸いを失うこととなる人もいるでしょう。
            1924年のパリ大会でイギリスの代表として、400m走に出場して、世界新記録でエリック・リデル選手は金メダリストとなり、イギリスの栄誉と個人の栄誉を手にしました。しかし、彼は、金メダル以上の価値を求める人でありました。それは「キリストの福音」であります。エリックは宣教師の家庭に生まれ、キリストに在る永遠のいのちに生きる喜びと尊さを学び知っていました。
            人が真に生きるとは、人の欲望をどこまで追求し実現することではなく、この世界を創造され、素晴らしいご計画をお持ちの創造主のご計画に生きることにあるという価値を見い出していたのです。ですから100Mにエントリーするつもりでしたが、日曜日に行われるということを知り、400Mを希望しました。金メダリストの栄誉を活用して人生を有利に生ることも出来たのですが、宣教師となり中国に出かけました。中国はやがて日本軍の侵攻によって、厳しい状況となりました。エリックも、日本軍の収容所に入れられ、過酷な生活を強いられました。しかし、そのような環境の中にあっても、彼は宣教師として福音を宣べ伝え、神の愛に生きるように子供たちを教え続けました。収容所に入れられた中国人や外国人は、日本人への憎しみを強くする中でも、「敵のために祈りましょう。」とのイエスの教えを理想ではなく、実践すべき教えとして語り続け、彼は収容所で病死し、43歳の地上の生涯を全うしたのです。彼は、天上のゴールで朽ちることのないメダリストとして賞賛されたことでしょう。

            2020年2月16日 週報

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              「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」 (ピリピ3:14)



              「人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のようだからです。洪水前の日々は、ノアが箱舟にはいるその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。」  (マタイ24:37−38)

              新型コロナウイルスが世界中に広がり感染者が6万人を超え、死者も1000人以上となっています。
              今、日本で一番の関心事は、豪華客船によるクルーズを楽しんでいた方々に感染が広がり、船自体が隔離状態に置かれていることです。豪華客船での優雅さと、感染による隔離生活とは、正に対照的な状態と言えましょう。
              イエス様の教えの中で「目を見張っていなさい。」と語られ、「人の子が来るのは、ちょうどノアの日のようだからです。」との教えがあります。
              神(万物の創造)を見失った人々は、神の愛や正義について全く関心を払わなくなりました。強い者が支配し、弱い者が苦しみながら次第に、よりよい世界へと発展するであろう、あるいは、自然淘汰によって、より良いものが残されていくだろうと信じていました。
              しかし、聖書には創造主なる神が、世界の主権者として、支配しておられること、あまりの人間の堕落、腐敗のゆえに大洪水をもって人類を裁かれたという記録が残されているのです(創世記6章―9章)。さらに、このノアの大洪水による全能者の介入は、救い主(メシヤ/キリスト)の再臨によって神の国を樹立されることへの警鐘と関連付けられたのです(競撻謄蹌魁法
              IT革命によって世界は飛躍的に便利になり、豊かになったにもかかわらず、目に見えないウイルスに脅かされ、一つの地域から、わずかな時間で世界中に広がり、すべての人々の往来が制限され、経済活動が停滞しています。ヒューマニストにとって、進歩すべき社会なのに、突然の自然の驚異によって人々の生活は一変し、ウイルスの広がりによって混乱が生じています。
              イエスが語られた「目を見張っていなさい。」を正しく受け止めて、偽りの預言者に惑わされることなく、キリストの証人として輝き続けましょう。

              2020年2月9日 週報

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                「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」 (ピリピ3:14)



                恐れからの自由

                「私が主を求めると、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出してくださった。」 (詩篇34:4)

                中国武漢で発生した新型コロナウイルスに感染した人々が3万人を超え、死者も600人以上となり、今も広がり続けており、経済的な問題も起こり始めています。人々は感染を恐れ、家から出られなくなったり、マスクの着用が義務化されているところもあります。
                今、多くの人々は目に見えない細菌と戦わねばなりませんし、問題解決の方法が定まっていないので、感染の広がりを「恐れ」「不安」が広がっているのです。
                「恐れ」はストレスの主な要素であり、ウイルスと共に人々の身体を弱らせることになります。
                病気と死を人々は昔から恐れてきました。自分の願いが実現しないことや失敗すること、すでに手にしているもの、それらが奪われたり、失うのを人々は恐れてきました。
                恐れを取り除く努力がされたり、改善がなされてきましたが、人々の心の中から恐れがなくなることはありません。
                恐れの根本的原因は、どこにあるのでしょう。幼い子供が泣き叫ぶのは、お母さんやお父さんの顔が見えない時ではありませんか。幼い子供にとって、親は本来、究極の拠り所であり、安心、安全基地なのです。
                お金や健康、仕事、食べ物が整えられることも大切な要素ですが、人は心(魂・霊)の真の拠り所を求めて止みません。
                人の健康、そしてこの地上に存在するすべてのものには限りがあって、不変ではありません。人は拠り所がなければ安心できず、一時的な拠り所は、それを失うと強い恐れに陥ってしまうのです。
                偽りの神々や哲学ではなく、天地万物を創造された人間の真の生みの親であり、今も、招きの手を差し出しておられる神を求め、信頼して生きる人生を歩んでください。創造主なる神は、私たちとともにいて下さり、私たちのことを心配していて下さり、守り、導き、永遠のいのちの希望を確かなものとして下さるのです。

                2020年2月2日 週報

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                  「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」 (ピリピ3:14)



                  「こうして、この宮はダリヨス王の治世の第六年、アダルの月の三日に完成した。」 (エズラ6:15)

                  今年の1月17日は阪神淡路大震災から25年となる節目の年であります。例年以上に阪神淡路ではメモリアルな行事が行われ、その時の体験を思い出し、家族友人を失った方々の悲しみを共有し、そこでの教訓を後世に継承すべく、思いを新たにされたことでしょう。人は忘れるという恵みを持っていますが、忘れずに後世に伝える使命も同時に持っていると言えましょう。
                  聖書は神のことば、神のなされた御業の記録であり、文字として残され、今日まで、世界中の人々に伝えられてきました。それは、人々が万物の創造主の存在をつねに意識し、神を拝し、敬うことを忘れないためです。又、神の御教えこそ真の知識−知恵の初めであり、人はその中に幸いを見い出すのです(箴言1:7,16:20)。バビロン捕囚から解放された後のイスラエルの指導者の一人であったエズラは、エルサレムに神殿(神の宮)が再建されたのは「ペルシャのダリヨス王の治世第6年、アダルの月の3日」と記録しました。彼らは、民族絶滅の危機に遭ったのですが、奇跡的にペルシャの王たちによって、捕囚から救い出され、神殿を再建することが出来ました。それは神の約束であり、神はそのことを実行して下さり、約束は成就されました。彼らは神の民として益々神を畏れ、賛美し、その使命に生きる人々となるのでした。
                  私たちの会堂も25年前の地震で大きな被害を受け、再建の必要が突然訪れたのでした。昨日まで全く予想だにしていなかったので、何の備えもありませんでした。17日の早朝5時46分に数秒間の地震で阪神淡路に住む人々の生活、いや人生は大きく変わらされました。そのような中で、奇跡と思われることが起こり、会堂再建が1996年5月に実現したのです。会員の一致による祈り、犠牲的献金と奉仕、そして、世界中の交わりある教会の祈りと支援を受けることが出来ました。一年もしない内に建設費、材料、延べ100名に及ぶ働き人が与えられました。バプテスト国際宣教団のボランティア活動であるクレイムの人々が犠牲的に働いてくださいました。本日お迎えしているシャンパート博士はその時の代表責任者としてご協力くださいました。そこで学んだことは数多くありますが「受けるより与えることは幸いである。」ということです。

                  2020年1月26日 週報

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                    「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」 (ピリピ3:14)



                    「わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、『私こそキリストだ。』と言って、多くの人を惑わすでしょう。」 (マタイ24:5)

                    連日のようにマスコミ(テレビSNS)では芸能関係者の不倫が報じられたり、政治家の不正疑惑が報じられていますが、あまりの日常茶飯事の故に、特別なこと、深刻なこととして思われなくなっていないでしょうか。 これらの背景にあるのは、良心の弱体化であります。健全な道徳教育が行われているかどうかも関わりがありますが、なによりも絶対的なお方の存在を否定し、絶対的な道徳基準をも否定し、相対的な生き方で良しとするヒューマニズムが広がっているからです。道徳は人間が決めるものではありませんし、完全な人間がいない以上、どのような教育者、哲学者、宗教家、ましてや政治的権力者によって決められるものではありません。絶対的、完全なる神のみが、定めることが出来るのではないでしょうか。 モーセの十戒の後半は、今日においても世界中の人々が受けている道徳律ではないでしょうか。家庭や社会で、この道徳律が守られているなら、人々は平和な日々を過ごすことが出来るのです。しかしながら人々の内側に刻まれている良心が正しく働くためにはモーセの十戒の前半が守られなければならないのです。それは、唯一の万物の創造主への信仰から生じる畏敬です。もし、神への信仰と畏敬がなければどのように道徳律を教えられたとしても有効には働きません。 国際情勢、地球環境のしるしが点滅していると思われますが、それと共に「互いの裏切り、憎しみ合い、不法のはびこり、愛の低下等々」マタイ24:10,12も、終末のしるしの一つであります。歴史的教育として、語られてきたのは、社会、国の滅びは軍事力、経済力ではなく、汚職、道徳的腐敗にありました。 教会の存在意義は「地の塩」であり「世の光」なのです。塩が塩気を失ったり、光を机の下に置いていては役に立ちません。ITの技術の進歩によって益々便利になり楽しくなるかもしれません。しかし、良心が鈍くなり、働かなくなれば社会や家庭は益々混乱し、人々の安らぎは失われてしまうでしょう。 「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」(ヨハネ14:1)

                    2020年1月19日 週報

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                      「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」 (ピリピ3:14)



                      「この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から連れ出された。 主があらしを静めると、波はないだ。」 (詩篇107:28−29)

                      25年前の1月17日早朝、淡路明石阪神大震災が発生し、6000人以上の人々のいのちが奪われ、神戸の町を中心として、淡路明石阪神間は、一時、都市機能を失ってしまった。このような都市機能が失われるという状況は、戦後、初めての経験でした。その後、このような大震災はこれから少なくても100年は発生しないと思われていたところに「3・11」が発生して、その被害は淡路明石阪神大震災をはるかにしのぐ甚大な災害となり、今日も、多くの人々は、その時の災害で苦しんでおられるのです。 人間の知識は著しく進歩しており、様々な研究開発が進んでおり、災害予知予防に活用されています。東北での大津波を予測して、10M以上の壁が築かれていたなら甚大な被害を防げたかもしれません。
                      しかし、人々はどこかで、早く、人間の能力は有限であり無限ではないことを謙虚に認め、気づかなければならないのではないでしょうか。人の都合に合わせた守護神で良しとするのではなく、天地万物を造られた、すべての民族の唯一の創造主を畏れ敬わなければなりません。原子力の研究と開発、IT技術によるAIの開発DNAの研究、電子マネー等々科学技術は益々進んでいますが、それらの技術を誰が、どのような目的で使うかによって、人類に幸いだけでなく甚大な問題をもたらすことでしょう。
                      あちらこちらで異常気象により、大雨による洪水、海面の上昇による陸地が水没、乾燥による山火事、森林火災、オーストラリアでは、東京から青森までの面積と同じ森林が燃え続け、いまだに鎮火していないとのこと(2019年9月より)。聖書の教える罪(ハマルティア、的外れ)の根本は、真の神(創造主)を認め感謝し、礼拝しようとしない人々の生き方にあるのです。 「主を畏れることは知識の初めである。…」(箴言1:7)

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