2017年5月21日 週報

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    「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



    「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」(創世記11:4)


    創造主なる神によって万物は造られました。その中でも、神は人をご自分の「かたちに似せて」造られた(バーラー)のです。
    その時、人も自然界も非常に良かったのですが、人間の堕落によって人も世界も一変してしまいました。 その時以来、今日まで神(創造主)を除いて、人は自分たちの知恵と力によってユートピアを造ろうとしてきました。
    ノアの大洪水で、神の大審判が下されたのですが、洪水後の世界は、しばらくすると不敬虔な人々が増し加わり、人の力、可能性を象徴するバベルの塔を築き、創造主を除いて、人間が自分の思うままのユートピアを築こうとしたのです。
    神の御言葉の広がりによって、創造主に戻ろうとのリバイバルもしばしば起こりましたが、不信仰はやはり増大しています。敬虔な科学者たちもいますが、19Cに進化論や合理主義の台頭によって、神のことばではなく科学者の意見が正しいとする気運が広がり、力ある人々の意見が善悪を含め人々の生き方全体に大きく影響を与えているのです。
    ロバート・オッペンハイマーは20世紀の天才科学者として賞賛されたのですが、原爆投下による悲惨を知って「科学者は罪を知った」「我は死神なり」と心の内の苦しみを告白しました。その後の水爆投下反対も受け入れられず、FBIの監視下に置かれ62歳の生涯を終えるのです。科学技術は本来、人類の平和、幸せのために役立てるべきですが、人間の罪、貪欲によって人々のいのちを奪い、町々を破壊するために使われることもしばしばです。
    21Cの世界はますます、政治家、科学者、その他多くの人々を指導する人々が、神を恐れず、自分たちが神のようになることができると思うようになっていないでしょうか。
    家庭、学校、社会における道徳が失われ、人々は自分の好むようにルールを作り、好きなように生きています。それでいて、人々はますます自分を見失い、心を病み、自他の命を軽んじて刹那的に生きているのではありませんか。「あなた方は今がどのような時か知っているのですから、…眠りから覚めるべき時刻がもう来ています。…」

    2017年5月14日 週報

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      「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



      「陽気な心は健康を良くし、陰気な心は骨を枯らす。」(箴言17:22)


      心の病は脳内の神経伝達物質(セロトニン・ドーパミン等)の異常として、向精神薬の投与が中心となって治療されています。しかし、すぐに投薬で回復する人よりも、長期化したり、社会復帰も難しいとの状況が現実です。副作用の少ない新薬が開発され、回復が期待されていますが、再発も少なくありません。そのようなあ中で、アメリカ、イギリスにおいては1980年代より、認知行動療法によるカウンセリングが行われるようになり、良い結果が報告され、神経症(ノイローゼ)、不安症、パニック障害、適応障害、心身症などには、カウンセリングがより効果的として、日本でも2000年代から精神科医によって、行われるようになってきました。 肉体的、精神的、ストレスが心の病気の引き金となることがしばしばですが、根本的な原因はその人の心の拠り所にあるといってよいでしょう。日々の生活における様々な出来事、人間関係などの受け止め方を柔軟にできればストレスを大きくすることなく過ごせるのですが、一つの考え方に強くこだわると、とてもしんどくなるのです。しかし、心の病の根本原因は心の拠り所において、変わることのないもの、絶対的なものではない事柄に依存しているからなのです。 健康、外面的な美しさ、社会的地位や影響力、人の評判、物質的な豊かさなどは、すべてにおいて、変化するのです。結婚時の愛の誓いも変わるのです。このような変わるものを土台とする人生は、いつか崩れ、失われるのです。 結局の所「人とは何者ぞ?」との問に対して安心と満足、そして納得のいく答えを持たなければならないのです。この人生の根本的問いの答えは決して難しいことではありません。人間の真の親としての創造主を受け入れるか拒むかです。多くの人は、この答えを探すのは、難しいと言われます。それは、創造主を除いて、人間の起源を探そうとしているからなのです。「我思うゆえに我在り」と考えている人々にとって、「我」は永遠に謎なのです。 「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。」(イザヤ49:15)

      2017年5月7日 週報

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        「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



        「そしてイエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。」(マルコ10:16)


        キリストは子どもたちを祝福することを願われました。「神の国はこのような者たちのものです。」と子どもの素直な心が、神の国に入るのに必要であると教えようとされたのです 親は、子どもたちが親を信頼して、素直な心を持っているときに、神について正しく教える必要があることも教えようとされたのです(エペソ6:4)。
        少子化の中で親が子どもたちの将来のために将来を思って熱心に教育しようとしている時代です。時間やお金を子どもたちのために使っているのですが、真の神を恐れることを教えなければ、多くの犠牲はどれほどに役立つことでしょうか。 聖書の神は万物の創造主であられることをしっかりと子どもたちに教えなければなりません。「はじめに神(エロヒーム)が天と地を創造した(バーラー)。」(創世記1:1)というのが聖書の最初の教理です。この「創造した。」はヘブル語で「バーラー」と言い、神の創造の時にのみ使われる言葉です。創造主なる神は、6日目に人を創造されたとき、「神はまた、彼らを祝福し/イバーレフ」(創世記1:28)と言われ、初めて「祝福」という言葉を使われました。ヘブル語において、「創造する/バーラー」と「祝福/バーラフ」とは、同じ語源であり、「創造する」とは「祝福する、豊かにする」という意味を持っているのです。 聖書の神は、人を初め、天地万物を創造されたのは祝福するためであった。創造主は6日日間で万物を創造され「非常によかった。/トヴ メオッド」と言われたのです。
        祝福は全能者の力と権威と恵み深さによって、与えられ、もたらされたことを知ること、信じることはどんなに大切なことでしょうか。
        神が人を初め、万物を創造されたとき、すべては「Very Good」でした。ところが、人間の堕落によって祝福が大きく変わり、問題が人間社会に自然界に入りこんできたのです。
        大切なことは、祝福は神からであり、人からではないことを学んでおかなければなりません。神から離れることは祝福から離れるのです。
        神を恐れ、神に信頼し、神に従うことを願う人々を神は祝福してくださるのです。進化論は創造主を除き、人の力で祝福を手に入れようとしているのですが、それは空しい徒労となることでしょう。

        2017年4月30日 週報

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          「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



          「…すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。」(汽謄皀藤押В院


          2017年の世界は、いままでにない変化の年となっています。シリヤの内戦にロシアのプーチン大統領は政権側を支援していましたが、アメリカの新しい大統領トランプ氏の下で、反撃のミサイルが打ち撃ち込まれました。さらに、そのことから北朝鮮の金正恩への強い警告へと発展し、朝鮮半島でいつ戦争が起こるかもしれないという状況となっています。日本でも、第2次大戦後初めてミサイル攻撃が行われた時の避難情報が発信されるという、誰もが願わない事態となっているのです。日本やアメリカ、イギリス、そしてヨーロッパなどの多くの国々は民主主義の手続きで、指導者が選ばれ、指導者、政府の決定を国民の多数が支援しているのですが、現実には、大統領や高い地位の人々の意志によって戦争となったり、話し合いで解決しようとするのです。ですから、指導者たちがどのような信念を持っているか、世界観、人生観を持つかによって力で決めるのか、話し合いで決めるのか、どこまで忍耐するのかが、大きく変わるのです。いずれにしても、1941年に始まった大戦とは違った犠牲と町々の破壊が戦争によって生じるのです。そして、その責任は指導者たちだけではなく、国民一人ひとりにもあるのです。
          教会の責任は何でしょうか。教会は立てられている権威に従わなければなりません。(ローマ13:1−3、1ペテロ2:13−14)。同時に、教会と国家とは異なった役割があるのです。教会は王たちが神からの権威を正しく行使するように注視し、彼らのためにとりなしの祈りをしなければなりません。王たちは、神の代わりに、ゆだねられた国民を正しく治め、平和や個人の良心を保障する責任があるのです。教会は神の子たちが立てられた権威に従い、平和な社会の市民として義務を果たすように、また、王たちが正しく政治を司り、人々の正義と信教の自由を守るようにと祈るのです。
          争いの根本原因は何でしょうか?それは人間の持つ罪にあるのです(ヤコブ4:1)。様々な切っ掛けと理由づけが行われますが、罪のゆえに人間社会は争うようになり、力の強いものが治めるようになってしまったのです。ですから、罪の赦しと罪の力からの解放、すなわち、福音の力によって生まれ変わり、成長することは、平和への欠かすことができない運動です。究極的平和の実現は神、キリストによる神の国の実現にありますが、教会の使命は人々、指導者へのとりなしの祈りと福音宣教にあるのです。

          2017年4月23日 週報

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            「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



            「また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。」 (マタイ24:6)


            2017年1月、アメリカの大統領が変わりました。数年前からのイラク・シリヤの内戦から、多くの難民が発生し、並行して、世界各地でテロが起こり、ますます不安が広がりつつある中で、アメリカはシリヤの軍事基地を攻撃し、世界中が緊張しました。 さらに、北朝鮮の核開発、周辺国への挑発により、アメリカは空母を中心とする艦隊を日本海へと移動させ、さらに戦争勃発の不安がより現実味を帯びてきました。
            第二次大戦の経験より、人類は二度と同じような戦争を起こさないと決心をして国連を中心にして世界中の様々な問題を話し合いで解決しようと努力してきましたが、21Cを迎えて、グローバル化と並行して新たな世界戦争の危機が各地で起こっています。
            イエス様は世界の主権者としてこの世界がどのような方向に進んでいくかをご存知であって、聖書を通して神の子たちに大切な指針を示してくださいました。
            1)「気を付けて」社会の動向に対して無関心であってはいけません。“目を覚ましていなさい”“用心していなさい”と語られています。
            2)「慌てないようにしなさい。」と冷静さを失って、感情だけに支配されると誤った判断と行動をとり、かえって問題を大きくします。過剰な不安や応戦によって大問題となるのです。
            3)「必ず起こる」誰もが戦いではなく平和を望むのですが、戦争の可能性を不思議に思ってはなりません。人間の罪が完全に解決していない社会では、常に争いが起こるのです。核開発をして、平和が本当に実現するでしょうか?誰が考えても平和の方向には向いていません。力による支配によって恒久的平和は絶対に実現しません。
            4)「終わりが来たのではない。」その時の前兆を通して、悟る者とならなければなりません。しかし、時は神のみが知る権利です。キリスト者に与えられている平和運動の使命は天に引き上げられる時が来るまで、慌てずに福音を宣教することに励むことであり、人々の心を平和にすることがキリスト者の使命です。国の指導者がどのような世界観を持つかによって、戦争か平和かが決まることもしばしばです。各国のリーダーたちのために祈らなければなりません。

            2017年4月9日 週報

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              「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



              「心の健康シリーズ」

              「その後、ヨブは口を開いて自分の生まれた日をのろった。」(ヨブ3:1)


               人が心の病を発症するのには、何らかのきっかけがあります。その大半が、その人にとって望まない状況が生じることで発症しています。ヨブはとても信仰深い信仰者でありました。日々の生活においても祝福の中で恵まれた日々を過ごしていたのです。
               ところが、わざわいが突然、しかも、いくつも重なって訪れました。泥棒に物を盗まれ、災害で子供たちが死に、そして、ヨブ自身も苦しみと痛みの伴う病気になったのです。初めは冷静に信仰的に受け止めていたのですが、なかなか回復しない病のゆえに、ついに「自分の生まれたことをのろう」ようになってしまい、深く落ち込んでしまったのです。
               ヨブほどの苦しみに遭わなくても、大半の人々が心を病んでしまうでしょう。人は誰もが自分の願いを一つでも多く、実現しようとして、日々努力し、頑張って、自分の人生を生きているのです。夢の実現に希望がある間、元気を出して、頑張るのですが、失敗したり、次第に自分の置かれた環境が願いとは異なり、希望を失い始めると様々な心の病を生じてしまうのです。ストレスを受けやすい方と比較的ストレスを感じない気質的違いがありますが、願わない状況では、多くの方々が気分を弱くするのです。 ここで大切なことは、自分のいのちを自分で生きていると捉えるか、生かされているいのちと捉えるかです。もし、自分で生きているいのちとしか考えられなければ、自分の願わない状況を喜ぶことや意味のあることとは受け止められません。希望は失われ、不安が増大し、とてもしんどくなってしまい、生きることも嫌になるでしょう。ある人々は運命として半ばあきらめて受容しようとする方もおられるでしょうが…。
               聖書の人生観は、人のいのちを自分で生きるという以上に、神によって生かされているいのちと捉えるのです。偶然に存在するようになったいのちではなく、神様によって目的と使命をもっていかされていると捉えるのです。
               苦しみを誰も喜べませんが、その中にあっても意味、生きがいがあると捉えるいのちなのです。ヨブの一生は苦しみで終わりませんでした。後半は、二倍の祝福を受けたのです。ヨブ記は聖書の最古の書物とされています。ヨブの苦しみは人類史において多くの人々に慰め、励ましそして希望となったのです。

              2017年3月26日 週報

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                「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



                「心の健康シリーズ」

                「…なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。」(競灰螢鵐硲隠:10)


                「人がひとりでいるのは良くない。」(創世記2:18)と神は人に妻を備え、家庭を設けられました。このことは単に結婚生活のことだけではなく、人の本質として他者と共に生きる存在であることを教えていると言えましょう。人はつねに他者と共生し、共に力を合わせて、神の使命を全うする者であります。ですから、他者とのかかわりの中で生きる喜びを見いだし、生きがいを感じるのです。
                人にとって一人ぼっちは、働きにおける苦しさだけでなく、心理的にもつらいものでありましょう。 「ふたりはひとりよりもまさっている。ふたりが労苦すれば良い報いがあるからだ。」(伝道者の書4:9)。
                SNSが爆発的に広がっていますが、それによって、人と人とのつながりが生じるからではないでしょうか。ところが、人間の罪が入り込んできた結果、人と人との結びつきに根本的な変化が生じました。それは、力の強いものが弱いものを支配する関係へと変わっていったのです。互いに愛し合い、助け合う関係、互いに支え、補い合う関係が、強い者が弱い者を屈服させる関係となりました。夫アダムは妻エバを力で支配し、兄カインは弟アベルを殺しました。人はその時から、常に力を手にして人々を治める者となり、力ある者が称賛される社会を造ろうとしているのです。進化論を世界観として今日では益々力を人々は求め、力ある者を勝利者として称えようとしているのです。
                同時に人が体験していることの一つは、人の力の限界であります。人は強さを誇り、弱さを隠し、あくまでも自分の力を強めようと生きているのですが、死に打ち勝つことは誰もできません。 キリスト者は神の力に頼り、その力で勝利しようとするのです。その力は数々の貪欲から引き離す力であり、自分の持っている力以上の力を発揮する力です。キリスト者には、死に打ち勝たれたキリストの力を手にすることができるのです。 人を赦すことは心において強い力を必要とするでしょう。神の愛の力によってキリスト者は人を赦し和解への一歩を踏み出すのです。自分の力を信じ、自分のちからのみに頼ろうとする時、人は神の力の必要を覚えず、求めません。しかし、自分の力が打ち砕かれることによって、神の力の必要を覚えて求めるのです。 弱さに気づくこと、それは弱さではなく、本当の強さへの第一歩と言えましょう。

                2017年3月12日 週報

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                  「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



                  「心の健康シリーズ」

                  「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。…私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。」 (エペソ2:8,10)


                  血液検査によって体の健康状態についてかなりのことが分かってきます。各項目において、正常な数値が定められており、多くは〜以上、〜以下となっております。多過ぎても少な過ぎても健康ではありません。過食と拒食、怠惰と過労、睡眠不足と多眠等々、いずれもバランスを保つことが健康にとっていかに大切かがわかります。 信仰の健全さも同様のことが言えるといえましょう。異端と呼ばれる人々はある特定の教えだけにこだわり、聖書全体をバランス良く教えないことによって生じるのです。 上記の聖句は救いの確信のためによく引用されている大切な聖句です。強調されている点は「恵みのゆえに/テー ガル カリティ」という点であり、この言葉が文頭に前置詞(ガル、理由を示す)とともに置かれていることで明らかです。「恵み/カリス」とは、神の無条件、一方的な愛を意味する言葉で、人の救いの第一原因は、神の恵みによるのであって「人の行い」ではありません。このメッセージこそ、福音の真髄であり、イエス・キリストの十字架の御業故であります。ですから、信者は救いの確信を持ち、その確信が生活の中で反映される祝福に与るのです。不安と恐れから、安心、平安を手にするのです。確かに人は、自分の生活状況に常に左右されます。お天気のように気持ちもころころと変化するでしょう。救いの確信を持ったり、失ったり…。信者の救いの拠り所は自分の気分ではなく神の言葉への信頼でければなりません。救いの確信は、神の作品としての良い行いへと進んでいくのです。信じることによって誰でもが、いつでも永遠のいのちに与り、天国への切符を手にすることができます。しかし、多くのキリスト者は、この地上においてしばらく歩み続けなければなりません。本来の神が人を造られた目的にふさわしい者として歩むためです。神様は人を神の代わりにこの世界を治めさせようとされましたが、人間の堕落の故にこの世界に混乱が生じているのです。良い行いを積み重ねることによって救われません。なぜなら、利己的人間は神の意志を反映できないからです。しかし、神の子となった人々は、神の意志を反映させて、良い行いをするために生かされており、そのような生き方がその人と周辺の人々の幸いとなるのです。 バランスをもって健康を保ち成長させましょう。

                  2017年3月5日 週報

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                    「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



                    「心の健康シリーズ」

                    ー心の健康シリーズ6ー




                    (ヨハネ8:32) イエス様は人々に「わたしのことばにとどまるなら、真理を知り、真理はあなた方を自由にします」と語られました。 その後で、サタンを「偽りの父である」と断言され、人々が真理ではなく、偽りを信じていることによる「罪の奴隷」について語られたのです(ヨハネ8:33−46)。
                    この教えは「心の健康」というテーマを考える上でとても大切な点といえましょう。
                    なぜなら、多くの人々は、サタンの偽りを信じて、人間の本当の姿、価値についてわからなくなっているのです。それはキリストを信じている神の子たちの人生においても、しばしば見られることといえましょう。
                    聖書は人を尊い存在として生かされていると強調しているのです。ダビデは、「人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。…。」(詩篇8:4)と語りました。人は神の栄光と誉のために造られたのでした。一人一人は神の代理として治める者となるのです。アダムの堕落によって、神の栄光を受けること、現わすことができなくなりましたが、イエス・キリストに在って贖われ、失った命を回復させることができるのです。キリストに在って誰でもが自分の本当の姿を知り、尊さを知ることができ、意味のある人生を送れるのです。しかし、多くの人々は、世の基準で満たされるなら「しあわせになれる、意味のある人生を送れる。」と信じ込んで、〈それは往々にして、外面に表れていること、すなわち、容姿、職業、学歴、富、家柄など…〉いるのです。人は外面的な満たしで本当に自己の価値を知り、満足出来るのでしょうか。一つの失敗でその人は無価値な者となってしまったのでしょうか。外見の見栄えや成功・知名度とは必ずしも内側の平安や成熟を反映しているわけではないのです。もしそのことが真実であるとするなら、ソロモン王は伝道者の書を書かなかったでしょう(伝道者の書1:2)。人の欲望は尽きることがありません。即ち、満足することも、安心することもないのです。イエスは「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉による。」(マタイ4:4)と言われた通りです。人は神から離れるなら益々自己中心となり、貪欲にとらわれることでしょう。間違った考え、基準を信じて自己の存在を位置づけては幸いな人生を歩めません。
                    キリスト者は神の子であることに自分の本質の価値を常にしっかりと持ち続けていなければなりません。「みにくいアヒル」は、自分のまわりを見て、自分の姿が他のアヒルたちと違って、悩み、悲しみ、不安でいっぱいでした。しかし、自分の本当の姿を知った時、大空に羽ばたき、舞い上がることができました。私たちのキリストに在る真の素晴らしい姿をサタンの嘘によって歪められえてはなりません。

                    2017年2月26日 週報

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                      「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



                      「心の健康シリーズ」

                      ー心の健康シリーズ3ー

                      「女は、自分の水がめを置いて町へ行き、人々に言った。
                      『来て、見てください。私のしたこと全部を私に言った人がいるのです。この方がキリストなのでしょうか。』」(ヨハネ4:28−29)



                      20世紀の後半から世界は新しい歴史の時代を迎えたと言ってよいでしょう。歴史は、三大発明(印刷術、羅針盤、火薬)や産業革命を通して大きく変わりましたが、IT革命は、それ以上の大変革を世界にもたらしたと言えます。
                      イエス様の大命令は「福音」をすべての造られたものに宣べつたえることにあります。この福音は正に全世界の人々にとって幸いなニュースであり、誰であっても、この福音を受け入れる人々には無代価でまことのいのちに与かれるのです。
                      かつて人々は徒歩や動物を移動手段としていたのですが、産業革命後の移動手段の発達によって、国内から海外へまで、より多くの人々が移動できるようになり、それによって一層福音は拡大しました。さらに、印刷機の発明による本の出版、手紙や電信、電話、テレビなどの普及により、福音がより早くより遠くの人々に拡大する手段を私たちは手にしました。そして、今日、インターネットを介して世界中の人々が瞬時に情報を共有できるようになったのです。
                      誰もが、海外に住む人々と何時間も話をし、映像も同時に映せるのですから、もはや距離の隔たりはなくなりました。今日、教会の宣教手段も、紙を媒介するのではなく、SNSが中心になってきているのです。パーソナル端末機器を介して海外の集会をライブで共有することも出来るのです。21Cは情報手段において大革命の時代です。その手段は福音を全世界に広げるのに、大いに役立つことでしょう。
                      さて、最も大切な情報源は何でしょうか。ひとりのサマリヤの女性、しかも、不品行のために人々が水を汲む時間をさけて水を汲みに来なければならない女性が語ったのです「来て見てください。わたしのしたことを全部を私に言った人がいるのです。…」福音はイエス・キリストによって人生が変わったという人々を通して急速に広まりました。ここに福音宣教の原動力があるのです。手段以上に、福音によって人生が変えられる人々が起こされることが宣教拡大の本質なのではないでしょうか。

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