2018年1月21日 週報

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    「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



    「豊かな人生を生きるために」

    「残る者はみな、その者を援助するようにせよ。どこに寄留しているにしても、その所から、その土地の人々が、エルサレムにある神の宮のために進んでささげるささげ物のほか、銀、金、財貨、家畜をもって援助せよ。」(エズラ1:4)


    イスラエルの民はペルシャのクロス王によってバビロン捕囚から解放(BC536年)された後、クロス王はイスラエルの民にエルサレムに戻り、神の宮を再建するようにと命じました。それに従って、ゼルバベルを指導者として約5万人の人々が神の宮再建のために戻ったのです(2:64−65)。
    その時クロス王はもう一つの点について命じました。直接神の宮建設に携わる人々だけでなく、すべての人々に、どこに寄留していても、神の宮建設のために“進んでささげ物”を捧げることによる援助を命じました(1:4,2:68)。“自発的なささげ物”を命じるとは一見矛盾とも思われますが、強調は“進んでささげる”点にあります。
    神の宮は恵み豊かな神の臨在される場所であり、神の民イスラエルの人々にとってその神様を礼拝する場所であります。神の民にとって最も大切なところであるはずです。預言者ハガイはイスラエルの民が様々な困難で中断している民に対して「あなたがたの現状を良く考えなさい。」と神の宮建設の必要を語ったのです。神を礼拝し神に奉仕する大切な動機付けは、神の恵み豊かさへの感謝であり、そこに自発的、犠牲的礼拝と感謝、喜びが生まれるのです。
    ほとんどの宗教はそれぞれの戒律をいかに守るかによって救いが約束されており、人は常に何らかの現世利益を期待することによって、捧げていくのです。しかし、そこには本当の救いはなく、平安も希望も生まれません。
    エズラの時代は明らかに律法の時代であり、“従順と祝福”の原則の中で人々は生きていたのですが、神を礼拝し奉仕する動機づけは、感謝であり、進んでさげるものでありました。困難な事業は常に粘り強いリーダーシップに加えて、強力な一致を保たねばなりません。そこには、自ら進んでささげる感謝の心が培われていなければなません。
    (競灰螢鵐硲検В押檻魁法峩譴靴澆罎┐侶磴靴せ醂の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。 私はあかしします。彼らは自ら進んで、力に応じ、いや力以上にささげ、」

    2018年1月14日 週報

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      「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



      「最も大切な備え」

      「私は切なる思いで主を待ち望んだ。…そして私の足を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。」(詩篇40:1−2)


       1月17日の早朝5時46分に北淡町を震源とする大地震が発生し、大災害(死者6435人)から23年を迎えようとしております。人が見るところの町の様子は震災のモニュメントがなければ思い出せないほどに復興しています。
       しかし、愛する家族のいのちを奪われた人々にとって、どんなに時が経過しても忘れることも、癒されることもない心に傷を受けておられることでしょう。
       そのような中で、今、誰もが思うところは同じ、「地震が起こっても、少しでも被害を少なくするような備え」が必要であるということではないでしょうか。2011年3月11日、東日本で発生した地震は、われわれが経験したよりもさらなる甚大な被害をもたらし、9年たった今日でも、復旧、復興途上にあります。
       すでに周知のことですが、多くの専門家によって南海トラフを初めとして日本列島各地で、大規模な地震、津波への警鐘が発せられています。
       大災害の起こったのちに、人々はしばしばこの災害は“人災である”と言います。そこには、警鐘が鳴らされても備えようとしない心情、災害が発生しても「まさかこんな大規模になる」と考えられなかった…。
       津波が発生すると思われ、すぐに高台に避難した人々は助かったのでした。
       家や町の耐震を強くしたり、水や非常食を常に備えること、避難訓練を繰り返し、いざという時に速やかに避難することなど大切なことと言えましょう。しかし、「最も大切な備え」はどのような困難に出会っても、人生の希望を失わないで生きる、確かな拠り所を持っていることです。自然災害や突然の事故で健康や持ち物を失うかもしれません。しかし、それでも生きる意味、価値を与え続けてくれる拠り所があれば、新しい歩みを続けられるでありましょう。
       もし、私たちの拠り所として天地万物の創造主を受け入れておられるなら、どのような困難の中におかれても、全能者によって守られ、支えられているとの確信を持ち、さらに最後の敵である死にも勝利された復活のキリストに在る永遠のいのちの希望によって神を信じる者は、支えられるのです。
       天地は過ぎ去るとしても真の神とそのことばは決して滅びることがありません。

      2018年1月7日 週報

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        「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



        「エズラ書における主の宮建設」

        「…神にその霊を奮い立たされた者はみな、エルサレムにある主の宮を建てるために上って行こうと立ち上がった。」(エズラ1:5)


        イスラエルの歴史は、聖書を信じるキリスト者にとって重要なしるしであります。それは、聖書の神がまことに存在しておられ、真実なお方であられ、今日も世界歴史の主権者であることを明らかにして、聖書を信じるキリスト者に確信と勇気と希望を与えるからです。神の正義はイスラエル民族の苦難と祝福を通して明示されているといえましょう。イスラエルは神の民としての恵みに与りました(出エジプト19:6)。しかし、特権は常に責任と共にあり、彼らの不従順により、神の正義による断罪が下されたのです。その象徴的な歴史的出来事が、バビロンによる征服と破壊、捕囚でした。エルサレムの城壁と神殿は破壊され、大半の人々が奴隷として、バビロンへと捕らわれていったのです。もし、彼らの歴史がここで終わるなら、イスラエルの神が万物の創造主であり、世界の主権者であるとの真実が証明されなくなるのです。神は聖なる方、義なる方であるだけでなく、恵に富むお方であられ、ご自身の選びが主権的であり、全知、全能であることを明示するために、イスラエルが絶滅することをお許しにはなりません。神はバビロン捕囚を70年と定められ、70年後にイスラエルは捕囚から解放されると預言されました(エレミヤ25:11−12、BC605〜536年)。神はペルシャの王クロスを用いてバビロンを滅ぼし、イスラエルを解放され、さらにクロス王は、イスラエルの民にエルサレムに戻り、神の宮を建設するようにと命じられたのです(イザヤ44:28、エズラ1:1、BC538年)。この命令に従って、ゼルバベルを指導者として、4万2千3百60人がエルサレムに戻り、神殿再建を始めるのです。神の民にとって最も大切な建物は神の宮でありました。そこに神がお住み(臨在)になられるからです。人々は自分たちの住まいを再建する前に神の宮を再建しなければなりませんでした(ハガイ1:4−5)。
        さて、今日の神の宮は何でしょうか?教会堂の先にある神の宮はキリスト者一人一人です。パウロはキリスト者を神の宮(ナオス)と呼んでいます(汽灰螢鵐6:19)。神のご聖霊はキリスト者一人一人の内に住んでおられ、ですから、私たち自身が神の宮なのです。コリントの信者は世俗の価値観、道徳観で生活していたので、神様が汚れとされていた不品行、偶像崇拝、飲酒、盗み、暴言等々が一般的でした。神の宮建設とは、キリスト者一人一人が聖霊を宿しているものとしての自覚を持ち、救いの喜び感謝を持ち、神に喜ばれる新しい価値、道徳観をしっかりと持ち、生きることを高めていくことにあるのではないでしょうか。

        2017年12月31日 週報

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          「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



          「いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」(汽謄汽蹈縫隠機В隠供檻隠)


          今年は53回の聖日(日曜日)があり、今日の礼拝で終わるのですが、素晴らしい一年であったということのために大切なことがあります。シェークスピアの劇で「終わりよければすべてよし。All is well that ends well」という表現が知られるようになりました。物事の結論や結果は途中経過の状況よりも大切である。途中で少々うまくいかなくても、ミスしたとしても、最後の結果で評価されると言う意味です。
          成果主義的な考え方と言う方もいるでしょうが、失敗や困難にであった人々をあきらめずに、励みなさいとの思いで使われているのではないでしょうか。もし、誰であっても、一年の終わりに自他ともに評価される日を迎えることが出来たとすれば、その一年は幸いで感謝できる一年であり、そのことは新しい年への力となることでしょう。新約聖書には3つの勧めがあります。「いつも喜ぶ」こと「絶えず祈る」こと、そして「全てのことについて感謝する」ことです。「祈る」人は、誰かを信頼して生きている人であり、その人への信頼によって希望があり、どんなにつらくても元気を持ち続けられるのです。誰もが願いの実現によって感謝し、喜べるのですが、苦しく、困難な中にいる時、仕事が十分に果たせず、失敗した時でも素直に感謝な心を持ち続けられるかと問えば、「はい、できます。」と言えるでしょうか。すぐに不満や焦り、批判的になってしまうこともしばしばではありませんか。キリスト者には3つの理由で、喜びと祈りと感謝ある生活が期待されているのです。第一に、万物の創造主を父として確信し、目的や使命をもって生かされているいのちに生きていることを知ったからです。生きがい、使命感は元気で生きるためにとても大切な要素です。第二に、罪赦されて、「死は裁きではなく、天国への入口であることを知っているからです。人にとっての最大の恐れは死と死後の裁きではないでしょうか。キリストの犠牲的代価のゆえに根拠のある赦しをキリスト者は持っているのです。だから平気で罪を犯しても良いのではありません。第三に、キリストはかならず、キリスト者を様々な苦しみ、不自由さから救うためにキリスト者を迎えに来て下さり、天国において正しく報いを下さるのです。この地上の忍耐は、キリスト者の訓練と共に、祝福(報い)に結びつくのです。この地上での労苦は決して空しくなることはありません。一年の終わりに私の心は「喜びと祈りと感謝」に満たされているかを静思いたしましょう。

          2017年12月17日 週報

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            「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



            クリスマス あなたは何を求めていますか?

              「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」(ローマ6:23)


            今年もクリスマスシーズンの到来であり、クリスマス集会に向けて様々な計画と準備が行われています。多くの人々は友人や家族で食事をしたりゲームをして遊んだり、そしてプレゼントを交換し合ってクリスマスを楽しまれることでしょう。クリスマスの最初で最高のプレゼントがキリストに在る“永遠のいのち”であります。いのちの誕生は個人の存在の始まりであり、喜びの土台であります。当然のことですが、いのちがなければ喜ぶこともできません。もちろん泣くこともできません。いのちの対局にあるのが死であります。いのちとともに喜びがあるように、死と共に悲しみがやってきます。
            しかも、人には二つの確実なことがあると聖書は明言しています。一つが死であり、もう一つは死んだ後の神の裁きです(ヘブル9:27)。
            子供たちはプレゼントが大好きです。ほとんどの子供はプレゼントをもらうと泣き止んだり、言うことを聞くようになるでしょう。ところが自分が望んでいないもの、必要としないとプレゼントであっても喜ばないのです。ですから、子どもの幸せを願う親や大人たちは、子どもの好きなプレゼントを良く調べ与えるのです。しかし、ここでもう一つ大切なことは、本当に子どものしあわせになるものを与えて、その必要を気づかせるのです。それによって子供は本当に必要とするものに気づき、しあわせな喜び、満足を手にするのです。万物の創造主なる神(人の創造における父)は、神の子であるべき人間に本当に必要なものは、いのちであり、永遠の命であることを知っておられたのです。中国の秦の始皇帝が、不老長寿の薬を探し求めましたが、見つからなかったように、21Cの今日も、誰一人、死を避けられません。その理由は寿命ではなく、罪の故です。それは社会的犯罪のことではなくいのちの本源なる神から分離し、自分の道に生きているからです。創造主は人間の罪と言う問題を解決し、人々に神の裁きではなく、永遠のいのちを与えようとしてキリストをこの世界に人間として遣わして下さり、わたくしたちのうけなければならない罪をすべて負わせて裁かれたのです。さらに、死に勝利して復活され今も生きておられるのです。信仰によってキリストと結びつく人々にキリストはすべての罪の赦しと復活のいのちを下さるのです。人は必死で死の恐れを打ち消そうと努力していますが、人間の手によって死とその恐れから解放することは出来ません。多くの人々は死の現実に向き合わず、自分の欲しいものをもっと手にしようとやっきですが、本当の幸せのためには、何よりも“永遠のいのち”が必要です。  

            2017年12月10日 週報

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              「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



              永遠のベストセラー聖書「神からのラブレター」

              「しかし、ダビデはシオンの要害を攻め取った。これが、ダビデの町(エルサレム)である。」(競汽爛┘襭機В))


              イスラエルの第2代目の王ダビデがエルサレムをイスラエルの都としたのがBC1004年頃であり、その後BC946年にソロモン王がエルサレムに最初の神殿を完成させました。12月6日にトランプ大統領がエルサレムを「イスラエルの首都であることを認める」と宣言したことから、世界の関心は北朝鮮問題から中東に移りました。1948年5月第二次大戦後、国連がパレスチナ分割案を承認したことによってイスラエルがパレスチナに独立国として1900年ぶりに戻ってきました。その時から、パレスチナ問題が常に世界の火薬庫と呼ばれるようになり、パレスチナ人(主にイスラム教徒)とユダヤ教のイスラエル人との問題ですが、全イスラム教国、さらに、ロシアと欧米諸国がかかわり、地球規模の問題となっているのです。トランプ大統領は、北朝鮮との危機的状況を抱えているのにどうして大火災となると分かっているエルサレム帰属問題にこのタイミングでかかわったのでしょうか?どのようなねらいがあるのでしょう…。マスコミは三大宗教の聖地、宗教戦争が起こるなどと危機感を表明していますが、宗教的にはユダヤ教徒ほどにイスラム教徒、キリスト教徒にとって重大事ではありません。キリスト教徒にとって、キリスト教の発祥地であるということであっても信仰の本質とエルサレムの町とは、関係ありません。イエスは礼拝の場所にはこだわらず「霊とまことをもって礼拝することの大切さ」(ヨハネ4:24)を説かれました。イスラム教徒にとっての善行の断食、施し、巡礼ですが、エルサレムではなくメッカが一生に少なくとも一回求められている巡礼地です。
              ですから、宗教的なことではなくそれぞれの国の権力、利権を奪守する機会としてパレスチナ問題を利用しているのではと思われます。11Cの十字軍による聖地への遠征も、純粋な信仰によることではありません。
              私たちの関心はイスラエルの歴史、これからの動向が預言の成就であり、そのことによって聖書の正しさ、創造主の確かな存在が証明されているということです。
              イスラエルが神の民として選ばれているという聖書の記録は本当に正しいのか。イスラエル民族は本当に存在し、彼らはエルサレムを都として、神殿を建てたのか。どうして迫害され、世界に離散したのか。それでも民族として存在しているのか。彼らは世界に影響をわずか1500万人しかいないのにどうして与え続けているのか。すべては聖書に答えがあり、聖書の真実性の証明なのです。

              2017年12月3日

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                「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



                永遠のベストセラー聖書の歴史における影響

                「まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。」(マタイ5:18)


                72年前の12月8日、日本は真珠湾に奇襲攻撃をして、第二次世界戦争に突入しました。北朝鮮は新型の大陸間弾道ミサイルを成功させ、アメリカを脅威の下におこうと試みています。1世紀に近い時間が経過しても世界に平和は実現しておりません。これからの将来、この世界はどこへ向かって進むのでしょうか?一見平和で様々なレジャーに興じることの出来る時代となりましたが、同時に火山の爆発や異常気象による自然環境の激変、テロや民族対立、さらに人々のモラルは低下、混乱するばかりです。 聖書には今日も世界に通じるモラルが教えられ「人のあるべき生き方、人とは何者なのか?」と言う根源的な問いに対する答えがあります。同時に旧約聖書の大半は預言であり、その成就が新約聖書において説明されています。聖書がどんなに正しい教えであるかを預言とその成就を知るならば、誰でも理解することでしょう。聖書はまさに最高の歴史書でもあるのです。聖書が永遠のバストセラーである理由は真理の書であり、それは人々の心の満足と共に客観的に歴史の正しい記録であることを確認しているからであり、誰一人として聖書を完全に否定することが出来ません。 神は、アブラハムを選ばれ、彼に約束(契約)を与えられました。「あなたを大いなる国民とし、あなたを祝福する者を私は祝福し、あなたをのろう者を私はのろう。地上のすべての民族はあなたによって祝福される。」(創世記12:2−3) この約束一つを取り上げて考えてみてください。この言葉は世界史の中で、全く無意味の言葉でしたか。アブラハムの子孫はイスラエル民族となり、世界史にどのようにかかわって来たでしょうか。イエス・キリストはイスラエル人として生まれました。今日もイスラエル人は存続しており、カナンの地(パレスチナ)に国家として存在しています。世界に約1500万人その三分の一がアメリカに住んでいます。AD70年ローマ帝国に征服されてから1800年以上の流浪の民族でした。しかし、世界の経済、学問、マスコミ、芸能、医学はイスラエル人によってコントロールされていると言っても過言ではありません。日本での戦国大名、幕末維新、そして終戦直後、つねにそこにはキリスト者や聖書が影響していたのです。マッカーサーは軍服を来た宣教師と言われたように2,500人の宣教を日本に派遣し、新旧合わせて約50万冊の聖書配布にかかわったのです。

                2017年11月26日 週報

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                  「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



                  「山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、わたしの栄光を現わそう。主は仰せられる。」(ハガイ1:8)


                  預言者ハガイは、神殿再建工事が18年間も中断しているイスラエルの民を励ますために神からのメッセージを語りました。
                  イスラエルはバビロン捕囚から解放され、エルサレムに戻ることが出来ました。彼らにとって優先されるべきことは、城壁の再建であり、神殿の再建であました。城壁は再建されましたが、神殿再建は、周囲の妨害と民の無関心のために中断され、進みません。預言者ハガイは神の民に、正しく考えるようにと促します。優先順序を誤れば、神の祝福に与れない。どんなに働いて自分たちの生活を良くしようとしても、幸いに与れない。「多くの種を蒔いたが少ししか取り入れず、食べたが飽き足らず…。」
                  神の国を第一に求めることが常に神の祝福に与る正しい順序であります。「神の国とその神の義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えてこれらのものはすべて与えられます。」(マタイ6:33)とイエス様も語られています。
                  教会は信徒たちの集まりであり、会堂建設と活動の前提として、信徒一人一人の信仰が強められ聖められなければなりません。一人一人の生活の必要、そして教会の必要も神様が備え与えてくださるとの信仰をしっかりと培って行きましょう。 会堂を献堂することは一人一人の神様との関係が正しく整えられることと、神の願いをわが願いとし、神を喜ぶ者となることが深くかかわっています。
                  さらにそのようなキリスト者が増し加えられていくことです。新会堂を献堂し、さらに発展させ活動を拡大するために、人々と経済的力を増し加えなければなりません。
                  周辺にいくつもの候補地を見つけることができます。土地はそれほど値上がりしていません。しかし、200坪以上の土地を購入する具体的な話を進めるためには手元に5000万〜8000万の必要を備えていなければならないでしょう。
                  このような事情を共有くださると共に、すべを支配しておられるお方が私たちの神であり、父であられます。主なる神が必ず神の子供たちの祈りに答えてくださると信じて祈り続けましょう。

                  2017年11月19日 週報

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                    「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



                    「人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。」(気撻謄蹌院В横粥ぃ横)


                    ベストセラーと言う名前は、短期間に10万冊以上売れる本のことを言います。聖書は「永遠」と言う形容がついているように、16C頃に印刷術が発明されて以来、4千億冊ほど印刷され、配布、販売されてきました。聖書と比肩出来る本は一冊もありません。
                    聖書は常に権力者によって、あるいは他の宗教家、哲学者、科学者によって批判され、抹殺されようとしてきたのです。しかし、聖書は21Cに入っても一年間で数億冊も印刷され販売、配布され続けているのです。その第一の理由は、神の言葉であり、絶対的真理が書かれており、今日まで人々にとって有益であるとの受け止め方をされているからです。聖書に書かれている地名、人物、出来事、道徳律が偽りであるとか、架空のことであり、真理ではないと証明できた人は一人もいません。聖書は人類への神からのことばとして、イスラエルの人々に託され、全人類に広げられてきました。神の存在と真実を証明する一つとして、預言がありますが、その預言はことごとく成就して来ました。メシヤ(キリスト)の到来が長い時間を要して語られ、そのことが実現したのです。人々の罪を贖うために、十字架上で死なれるとの預言(イザヤ53:6)は、完全に成就しました。そのことが、2000年経過しても、人々への福音の中心として世界中に宣べ伝えられ、信じられ、信じた人々の人生は大きく変えられるのです。「アメイジンググレイス」を歌ったジョン・ニュートンは罪深い奴隷船の船長として人生を過ごしていましたが、嵐の中で神に祈り、救出されることを通して、キリストを信じ、自分の罪が赦されたことの確信、感謝をもって、賛美し、みことばを宣べ伝える説教者となったのです。その証しとしての「アメイジンググレイス」は素晴らしいメロディーと共にそのメッセージのゆえに多くの人々に感動を与え続けているのではありませんか。聖書は正しい人類の歴史の記録であります。ですから、信じられなければなりません。人類の歴史を正しく証明し、説明している記録は他にありますか!それぞれの民族の歴史の記録は本当に信頼できるでしょうか。さらに「種の起源」を本当に正しい記録として信頼できるのでしょうか。今日も証明された根拠は一つもありません。

                    2017年11月12日 週報

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                      「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得」 イザヤ40:31



                      「受けるよりも与えるほうが幸いである。」(使徒20:35)


                      創立51周年を迎え、“宣教の継承”を主題としての集いを行いました。
                      セネガルで28年宣教されておられます松本先生、そして25年間大陸宣教されてこられました佐藤先生から、それぞれの働きについて証しを伺いました。又、次の世代を担ってくださっておられる先生方からもビジョンを含めたチャレンジをいただけたことはとても幸いな時でした。
                      宣教のビジョンはイエス様の大命令(マタイ28:19−20)からであり、その結果として、世界中に救われる人々が起こされ、教会が誕生しているのです。教会は誕生と共に宣教ビジョンを培って成長していかなければなりません。初めは、それぞれの地域からスタートとして、しだいに世界に向かって宣教を拡大していくのです。宣教活動のエネルギーは何でしょうか。それは「受けるよりも与える方が幸いである」との主の御言葉にあります。
                      パウロはエペソの長老たちを集め、最後の出会いとなるかもしれない集いの中でのこの御言葉が語られました。人は十分に成熟するまで自分のことで精いっぱいで、他の人々の必要について考えることはしないでしょう。しかし、キリストに学ぶことによって成長し、喜んで他の人々の必要のために捧げる者となって行くのではありませんか。
                      正に神の愛(アガペー)は、無条件で喜んで人々に与える者となることです。多くの宣教の働きは、様々な困難を要することとなるのです。喜んで自分を神に捧げ、宣教地での働きのために自分を捧げる人でなければ宣教師として全うできないでしょう。 教会が宣教の働きをすることも同様に宣教師の働きを支えるために「与える喜び」を学んでいかなければ教会の祝福とはならないでしょう。
                      もし、個人であっても教会であっても、自分のことしか考えないならば、その個人も教会も、キリストが喜ばれる者としては十分に成熟しているとはいえません。委ねられている神からの賜物を活用することによって、多くの人々が幸いとなる以上に、その人自身、あるいは教会が祝され、幸いとなるのです。
                      主はそのような個人、教会を益々豊かに祝福してくださるのです。
                      「神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。」 (競灰螢鵐硲后В)

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