2018年7月22日 週報

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    「山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、 わたしの栄光を現わそう。主は仰せられる」ハガイ1:8



    「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。」 (ローマ1:20)


    日本における公教育は進化論が一辺倒で、創造論の情報はありません。ですから、創造論は宗教の話、科学や歴史の対象ではないとの思考が刷り込まれているのです。「NHKのダ―ウインが来た!」という番組ではCG(コンピュータグラフィックス)を用いて人類がアフリカから誕生して世界中に広がったと紹介されていますので、コンピュータグラフィックを見た人々は、根拠のない想像図とは考えません。ジャワ原人、北京原人などは、猿、原人、人と進化してきた中間種であると教科書などで、確かな進化の証拠とされてきましたが、進化論者も原人から旧人には繋がらなかったと発表し、多くの人々からは捏造であると非難され、それに対して十分な反論は(専門家として)出来ていないのです。「原人」と言われた化石は十分に科学的に検証できないままです。
    それは人間だけではなく、あらゆる生物の中で中間種の存在は証明されていません。
    進化論はこのように本当に進化(ダ―ウインが主張している種が別の種に変わる)が、起こっている沢山の客観的根拠を見つけて、それに基づいて論文が書かれたのではありません。ダ―ウイン自身が自らの論文の中で、後の時代に多くの証拠が発見されるだろうと期待しながら、彼の信念に基づいて自然淘汰の原理を論じたのです。
    すでに150年以上が経過しました。しかし、シーラカンスや様々の貝は今日も同じ姿で存在しており、中間種と発表された始祖鳥は完全な鳥と認められ中間種ではありません。
    人間は自然環境に影響される以上に遺伝子によって、姿、形、色合いは決定されるのです。突然変異によって新しい種が誕生するのではなく、コピーエラーなのです。しかも同じ種の中においてのみの変化なのです。
    いまだに基本的進化の証拠についての議論が続いています。進化論も初めに進化と言う信念から始まっているのです。化石の多くは創造を支持しているのです。


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