2018年7月29日 週報

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    「山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、 わたしの栄光を現わそう。主は仰せられる」ハガイ1:8



    「人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。」 (詩篇8:4)


    日本には様々な宗教があり、多くの人々は家の宗教として、ある特定の寺の檀家や神社の氏子としてかかわっており、祭りや正月、盆そして葬儀ではそれぞれの家の宗教とかかわられることでしょう。しかし、日々の実生活では、それぞれの宗教の教えを信じて、それに従う人々は多くおられないでしょう。
    第二次大戦の敗北によって、以前から広がりつつあった無神論的ヒューマニズム(人間中心主義)の価値観を信じている人々が大半となっています。
    この思想の一つとして、進化論があるのです。ある時代の権力者による支配からヒューマニズムによって個人個人の自由を手にすることが出来たかもしれませんが、真の意味で、人のいのちの尊厳を学び、生きているのではありません。ヒューマニズムによって今日、個人の自己中心的な生き方の暴走が生じており、自殺、無差別殺人、倫理道徳の崩壊状態となることもしばしばです。天皇を神とする神道国家主義の暴走によって300万人以上の人々が戦死し、英霊として靖国に祀られることによって良しとされていますが、聖書は「神のかたちを持つ人間」を殺してはならないと命じているのです(創世記9:6)。
    米国ではつねに大統領選で「中絶」に対してどのような立場であるかが注視されます。聖書を権威とするキリスト者はいのちの尊厳を信じるので「中絶」に反対する指導者を選ぼうとするのです。
    人はどんなに苦しく、つらくても自分の人生に意味があること、生きる希望と価値があると確信しているなら、自らのいのちを重んじるだけではなく、人の命をも重んじて生きようとするのです。進化を正しいとしたなら、いのちの根源は偶然を信じ、虫や猿が人の祖先であると認めなければなりません。さらには自然選択によって、環境に適応する人々だけが生き残って行くのであって、適応障害と判断されるとその人々は淘汰されて当然という理屈となるのです。このような信念は本当に人々を人間として豊かにするでしょうか。生物の世界は決して自然選択ですべてを説明できません。多くの動植物は共生し合っていることを観察するのです。


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