2019年 1月6日 週報

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    「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。」へブル11:6



    「イエスが驚かれた信仰」

    「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。」ヘブル11:6  

    神様に喜ばれる生き方こそ、祝福の鍵であります。
    聖書の神は恵み深く、憐み豊かなお方であられ、どのような罪人に対しても神の祝福を与えようと願っておられるのです。人は神のかたちを持ち、人格を持つものであるので、設計者がAIにすべての行動パターンを組み込むようにではなく、一人一人が自分の意志で受け取るのでなければ、神の祝福を自分のものとすることはできません。
    その神の祝福を自分の手にする手段こそが、聖書に教えられている「信仰」であります。
    神の喜ばれる信仰は二つの要素に分かれて教えられています。
    一つは「神の存在」を信じることです。この神とは、人間が造った神々ではなく、人間を含め、宇宙万物を創造された、人間の真の親、設計者であられ、その存在を認めて受け入れることです。アダムの堕落以降、人々は自分たちの必要を満たすために、自分たちの都合に合う神々を造ってきましたが、偽物によって人は満たされず、正しく生きることも出来ず、救われません。神はメシヤ(キリスト)であるイエス様をこの世界に遣わし、真の神の存在を明らかにしてくださいました。人はキリストという人格を信じ受け入れることを通して、まことの神を知る者となり、神との正しい関係の中で真に生きる者となるのです。罪の報いとしての死は、キリストとの結びつきによって永遠の命の希望を持つものとなったのです。
    第二は、受け入れた神とともに歩み生きることです。問題の解決、すなわち現世利益だけの信仰ではなく、日々の生活において、神を全能者、最高の権威あるお方と恐れて生きるのであります。聖書の信仰は、神を認めるだけでなく、日々、神を信頼し、神に対して常に祈り求め続けていく(執拗に求める)信仰であります。それは、神が全能者として、神の子たちの願い、求めにこたえてくださるとの信頼、信仰の現われと言えるでしょう。“信仰によって神を喜ばす者”となる一年といたしましょう。


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