2019年 3月3日 週報

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    「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。」へブル11:6



    「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。…」 (汽謄汽蹈縫隠粥В隠供檻隠掘

    今日、3月3日は故塩郷奈緒子姉が19歳の若さで天に召されてから31年と1か月となる日です。私が牧師として最初に召天式を司式した教会員です。
    故塩郷永治兄(2017年9月16日召天85歳6か月)は、次女奈緒子姉の召天という悲しみと大きな試練の中で、求道され、召されてから数週間後の2月28日に信仰告白へと導かれました。奈緒子姉の召されたことは教会全体にとっても辛い試練の時でした。
    20歳を目の前にして、幼児教育を志して励んでおられた姉妹がどうして、こんなに若く、早くして召されるのか…。
    信仰告白された兄弟の願いは「…天国で奈緒子と再会すること、その時に恥ずかしくないように信仰生活をしないと…。」と言うことでした。今、天の御国で御二人は再会され、幸いな時間を過ごしておられることでしょう。
    キリスト者には幸いな確かな希望があるのです。それは、復活され、昇天されたイエス様のおられる天国に死ぬとすぐに引き上げられるのです。そこで体の復活を待ちながら魂は憩い生きているのです。
    キリスト者は日々の生活の生き方の中で永遠というものさしを忘れてはなりません。この世のことだけを考えると、生き方を誤り、心の平安を失ってしまうのです。多くの思い煩いは、この地上のことしか考えない心の中で生じることではないでしょうか。
    今月21日、故塩郷永治兄の納骨式が行われます。塩郷姉を初め残されているご家族の皆様に主の慰めと平安が与えられますようにお祈りください。私たちはこの地上において旅人です。私たちの国籍は天にあります。


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