2019年5月26日 週報

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    なぜなら、神は、お立てになったひとりの人により義をもってこの世界をさばくため、日を決めておられるからです。…  使徒1731

     

     

    パウロは神々で満ちていたアテネで宣教したとき、真の神は、万物の創造主であられ、人間によって造られ祭られる神々ではないことを強く語ると共に、アテネの人々に真の神を神として認め礼拝するようにと訴えました。

    聖書の中心となるメッセージは神が人類(ユダヤ人を初めすべての人々を含む)のメシヤ(救い主)としてイエス・キリストをこの世界に人として遣わされ、そのお方が十字架で身代わりとして死んでくださったので、神の義なる裁きからの赦しが備えられているということです。

    その明確な根拠、そして永遠のいのちの希望として、イエス・キリストは三日目に復活されました。

    神は恵み深くあわれみ豊なお方であられます。すべての人々にただ信じるという一人一人の心の決断によって救いが瞬間的に与えられるのです。私の罪は重すぎてされない…。そのようなことは決してありません。

    十字架に架けられた一人の極罪人も、死の直前にイエスを告白して、パラダイスに入る権利を手にすることが出来ました。即ち、彼は永遠の裁きからされ、救われたということですさらに、今日、2000年の時間の経過の中で、救われる機会は残されているんです。

    しかし、ノアの大洪水が起こったように、神の義をもってこの世界を裁かれる日は必ず訪れるのです。人は生かされている間に悔い改めて、イエス・キリストを通して真の神を神として認め、信じなければなりません。「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように。」と聖書は断言しています。神の愛は常に神の義と共に存在しており、神の愛を人間の都合で理解しようとしてはいけないのです。

    物質的豊かさも、自由も平和の実現をもたらすことはできませんでした。酒、ドラッグ、性道徳の乱れ、人々の欲望は尽きることがありません。

    キリストの再臨への注視がノアの大洪水前の人々の様子をもって警告されている

    のではないでしょうか。

     



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