2019年7月14日 週報

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    「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。」へブル11:6



    「あなたは、人を、神よりいくらか劣るものとし、これに栄光と誉れの冠をかぶらせました。」(詩篇8:5)

    人の尊厳が聖書では、明確に宣言され、教えられています。人は全知、全能の創造主なる神の“かたち”に似せて造られ、創造主にとっての最高の作品であり、誉れとされたのです。
    人は他の動植物にない自由意志を与えられたものとして、自ら進んで創造主の意志を受け入れ、従うことによって、神の栄光、誉れを現わし、人の本来の役割を果たす人生を過ごし、そこに満足、平安、喜びを手にする者となり得たのです。
    しかし、今日の世界は神の愛によって、治められる平和な社会とはならず、人の欲と欲とがぶつかり合って、争いの絶えない世界となっています。力の強い者が多くを持ち支配するでしょうが、それは一時的で新しい別の力強い者によって奪われ、別の人が支配するということの繰り返しではないでしょうか。
    そのような生き方は、真に「幸いな人」となったとはいえません。しかも、人はどんなに多くの持ち物を手にすることができても、物質的豊かさで満足することはできません。
    人の本質が神のかたちを持って造られているからです。動物は、人間が持つ魂や霊的命がありません。しかし人は、神のかたち、即ち霊的な命を持つ者として存在しているために、いくら肉の欲求、生理的欲求が満たされても満足することはありません。
    ソロモン王は巨万の富を手にしました。自分の肉の欲するものは、何でも手にすることが出来ましたが「空の空」という言葉を残していることは、誰もが知るところです。
    キリストも言われました。「人はパンだけで生きるのではなく…。」(マタイ4:4)創造主を否定し、無視して生きることによって、真の幸いな人となることはできません。
    創造主は人に栄光と誉れの冠を与えて下さったのです。幸いな人となる鍵は、まさに、神と共に生きるところにあり、人の欲に生きるのではなく、神の欲することを求めて生きるところにあるのです。


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