2019年 7月21日 週報

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    「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。」へブル11:6



    「主に信頼して善を行なえ。…。怒ることをやめ、憤りを捨てよ。…」(詩篇37:3,8)

    人は「心の拠り所」がなく、あるいは失ってしまうと、心理的下降線を辿っていくと言われています。
    その出発点は「拠り所」に対する「疑い」から始まります。今、自分が信頼しているものは十分ではない…。何か他のものが必要です。自分の生活に「満足」があれば疑いが生じたり、不満が拡散することはないでしょう。「私はもっと〜しているはずなのに…。」と満たされない思いが疑いと共に強くなってくるのです。
    その「不満足感」は、「不安(必要なものを手にできなかったらどうしよう。)」や「怒り(必要としているのに、それが手に入らないなんてもう嫌だ。)」を生じさせ、最後には「絶望(希望が持てない感情)」的になってしまうのです。
    その時代の社会に公正や公義が失われていると思われると、それは個人の道徳意識も弱っていることも同時に存在していると思われるので、人は自分や他者に対して破壊的になってしまうのです。
    21Cの世界がテロでスタート(2001.11.3)しましたが、益々世界中で「疑い」「不満」「不安」「怒り」の感情が渦巻いており、考えられないような事件が繰り返されています。
    あちらこちらで、自然災害が増大し、戦争のうわさが起こっており、人々は益々暴力的になってきているのではありませんか。 万物の創造主を認めず信頼しない人々は、自分の思いを遂げることで満足と幸いを手にしようとしますが、人の考える欲求は満足を知らず限りがありません。

    聖書は「満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。」と語っているのです。キリスト者の「拠り所」はどこにあるのでしょう。この社会の公正、公義でしょうか…。私たちの「拠り所」は永遠に変わることのないお方、万物の創造主、主権者なるお方にあるのです。「主を待ち望め。その道を守れ。そうすれば、主はあなたを高く上げて、地を受け継がせて下さる。…。」詩篇37:34


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