2019年12月15日 週報

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    「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。」へブル11:6



    聖書の神とクリスマス

    「『見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)」(マタイ1:23)

    新しいいのちの誕生は、人の人生における最大の喜びと言ってよいでしょう。約束されていたメシヤ(キリスト)が誕生し、預言(イザヤ7:14)が成就しました。
    聖書の神は万物の創造主であられるだけでなく、人格を有し、人格のある人間と愛の交わりを望まれるお方であられます。それは、文字となって、神のことばが記録され神の意志が明示されているので、人間は神のご性質が愛であることが分かるのです。モーセの十戒は前半の4戒までが人と神との関係の戒めで、残りは、人と人との関係を教える戒ですが、いずれもその精神は愛であり、人が神を愛し、人と人との関係において愛を築くことによって戒めへの遵守が行われるのです。
    さて、その愛の内容は、どのようなものなのでしょうか。それは神の独り子イエス・キリストの犠牲によって現わされました。正しい人々の為だけではなく、罪人の為にも身代わりとなるために、いのちの犠牲を喜んで捧げてくださいました。
    宗教は救いのために人々の善行を求め、人は努力し正しいと思われる人々しか報いを与えません。しかし、神はすべての人々(罪人、そして自分を善人とする人々)に赦しと永遠のいのちへの希望のために無償の救いの手を差し出されたのです。神は人間の思考で生み出された存在でも、単純に恐れられる神秘的存在でもありません。人類の真の生みの親であり、人をご自身のかたちに似せて創造され、神の代理としてこの世界を治めさせようとされたのです。人は真の神との交わりを回復することによって、自分の存在と目的、生きがいを発見するのです。神の御子イエスは人々を神のもとに戻すお方として、この世界にお生まれになり、人々の罪の罰を代わりに負って十字架上で死んでくださいました。「Born to Die/死ぬために生まれた」クリスマスは死ぬために生まれたキリストを覚える日ともいえるのです。
    「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」 (汽茱魯唯粥В隠)


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